「学問の都市」バグダード
今や内戦、空爆と紛争が絶えず危険というイメージが重たくのしかかるイラクの首都バグダードですが、かつては中東地域屈指の「学問の都市」として知られていました。
イスラム帝国アッバース朝(750年 – 1517年)時代はイスラム世界で学問が発展し栄えたイスラム黄金期と言われています。バグダードには天文台とアラビア語に翻訳された世界中の重要な文献を保管した図書館を備えた「知恵の館」が建てられ、イスラム世界から学者が集まり研究や文献の翻訳に勤しみました。
一説では、モンゴル帝国とアッバース朝の間で起きた「バグダードの戦い」(1258年)の際に、「知恵の館」の多くの書物が燃やされ、川に捨てられたと言われています。
文学とアートのバグダード
また近代においてもバグダードは中東地域有数の文学とアートの街として栄えました。
バアス党政権が発足する1970年代以降、イラク文学の政治色が濃くなっていきました。
特に70年代後半サッダム・ホセインが大統領に就任すると、バアス党政権を支持する作家には手厚い報酬が支払われました。一方で政権に賛同しない小説家らは挑戦的な作品を発表し続けました。
また意欲的な挑戦は文学にとどまらず、アート界でも様々な芸術集団が発足し政治的なマニフェストを発表。表現の自由が制限された中、アーティストたちはイラク独自の作風を発展させていきました。
2003年以降破壊されたバグダードに再び文学を
2003年から2011年まで続いたイラク戦争はイラクの重要文化財、博物館、そして図書館をも破壊し、重要な資料が失われました。
さらに現在も続くIS(ダーイッシュ)によるイラクの情勢不安は、重要文化財や文献を破壊することにとどまらず、人々をも文化や文学から遠ざけています。
大学で英文学を専攻しているアリ・アルムッサウィ(Ali Al-Moussawi)は、文学そして学問の都市バグダードを蘇らせるべく、「モビール・ブックストア」を立ち上げました。
読書会などのイベントをfacebookページ「Iraqi Bookish」で企画していた彼は、図書館や書店が長引く紛争などが原因で存在しない地域に本を届けることの必要性に気づき、中古で買った車を改造して動く書店「モビール・ブックストア」を作りました。
彼は地域によって陳列する本を変えています。
シーア派が多い地域、スンニー派が多い地域、様々な政治思想や地域の歴史。
彼は特定の人々を批判や賛同するのではなく、バグダードで暮らすすべての人々のニーズに沿った本を提供しています。
白紙の本がアート専門書へ
イラク戦争そしてIS(ダーイッシュ)の存在は、大学の図書館にも影響を及ぼしています。
バグダード大学アートカレッジの図書館には7万冊以上の専門書が所蔵されていました。
しかしイラク戦争そしてIS(ダーイッシュ)による国内の混乱により、図書館に所蔵されていた貴重な書籍の多くが盗まれ闇市に流されることに。
イラク系アメリカ人アーティスト、ワファー・ビラール(Wafaa Bilal)はアートカレッジの図書館を再び本で埋め尽くすためのプロジェクトを立ち上げました。
『168:01 』と名付けられたこのプロジェクト。
2016年5月27日から8月28日までカナダにあるアートギャラリー「Esker Foundation」に1000冊の白紙の本が展示されました。
プロジェクト期間中、参加者による寄付で白紙の本がアート専門書に置き換えられ、やがてバグダード大学アートカレッジに寄贈されました。
プロジェクトの名前『168:01 』の由来は、1258年「バグダードの戦い」でモンゴル軍が「知恵の館」に所蔵されていた文献をチグリス川に投げて、川に橋を作るのに168時間かかったと言われていることから、つけられました。
このプロジェクトはまだ最初の一歩にすぎず、アートカレッジの図書館を再び7万冊の専門書でいっぱいにし、未来を担うイラク出身アーティストのサポートを続けたいとワファー・ビラール(Wafaa Bilal)は語ります。
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