サウジアラビア社会の“家族”そして“女性”の在り方に疑問符を投げかけた一人のサウジアラビア人女性アーティスト、マナル アル・バヤン (Manal Al-Dowayan)の作品を紹介します。
アル・バヤンは、サウジアラビア社会における女性の活躍が拡大しつつある今こそ、これまで女性たちが成し遂げてきたことを振り開ける必要があると訴えます。
彼女の作品を見る前に、サウジアラビア社会における女性の過去の現在を見てみましょう。
サウジアラビア社会における女性の過去の現在
国連の補助機関である「国際連合開発計画」が導入した、女性の政界や経済界での活躍を示すジェンダー・エンパワーメント指数でサウジアラビアの女性の現状を見てみましょう。
2015年度の発表によると、93カ国中サウジアラビアは92位でした。
ちなみに日本は54位。
ジェンダー・エンパワーメント指数でその国の文化や伝統を一言で表してしまうことは危険ですがしかし、93カ国中92位という現状は、サウジアラビアが決して男女平等を実現できているとは言いがたいです。
では、もう少し踏み込んで、
サウジアラビア国内の女性に関する法律や制度を見てみましょう。
サウジアラビアは、イスラム教の中でも最も厳格なワッハーブ派を国法にしています。
ワッハーブ派は、イスラム教の聖典であるコーランの現代社会に合わせた解釈を認めず、初期のイスラム時代の決まりを厳守することが何よりも重要だとしています。
またサウジアラビアでは、女性は弱く男性が守らなければならないとし、「後見人制度」を取り入れています。後見人として指定された男性の同行や許可なしでは女性は多くの日常的なことができないのです。
例えば、サウジアラビアでは女性の自動車運転が禁止されていることから女性は常に「移動の制限」に直面します。
2011年に初めて女性の選挙権と被選挙権が認められましたが、そもそも女性が投票するためには、男性の後見人に投票することを納得してもらい、投票所に連れて行ってもらう必要があるのです。
サウジアラビア総人口の約半分(世界銀行調べ:2015年現在43.5%)を占める女性の可能性に着目したサウジ政府は、近年、女性の政治参画をはじめ、働く女性そして消費者としての女性を積極的に推進しています。しかし「後見人制度」に代表される、これまでの女性の行動を制限する制度にメスが入る日はまだ遠いようです。
疑問から始まる変化へ向けて
サウジアラビア出身の女性アーティストマナル アル・バヤン (Manal Al-Dowayan)は、サウジアラビア社会で女性が置かれた状況に疑問を投げかけることで、社会そして政府がアクションを起こすことを求めました。
女性の立場が変化するためには何よりも女性自身が立ち上がる必要があります。マナル アル・バヤンはワークショップを通して、今までサウジ社会でタブーとされてきた事に、女性自らチャレンジする場を提供します。
「私の名前」はタブーじゃない
サウジアラビアでは、むやみに公共の場や親族ではない男性の前で女性の名前を口に出すことは、女性そしてその家族に対する侮辱であるとする風習があります。
マナル アル・バヤンによると、イスラム教の聖典コーランでは、何度も女性の名前が登場していることから、サウジ社会で根付いているこの風習は、イスラム教に由来するものではない。また、サウジアラビア王国の初代国王キング・アブドゥルアズィーズは、幾度もスピーチで妹の名前を口に出していることから、彼は女性の名前を公共の場で口にすることがタブーであるという認識がなかったように考えられます。
どう言った経緯でサウジ社会において女性の名前がタブーになったか明確ではないですが、この風習が女性の社会進出の妨げの一要因であることは明らかです。
マナル アル・バヤンはプロジェクト『ESMI – My Name』で、このタブーにチャレンジします。ワークショップに集まった人々は球体に女性の名前を書きます。女性参加者は自分の名前を、男性参加者は自分の娘や姉妹、母親の名前を大きく書くことで、風習を変えるための一歩を踏み出します。
自由に飛びたい
サウジアラビアでは、女性が遠出をするにはには男性「後見人」の同行または許可が必要です。そのため、仕事の出張や旅行に行くには男性を説得し、書面の手続きを踏んでもらわなければならず、この制度は特に働く女性の活動の妨げになっています。
マナル アル・バヤンはプロジェクト『Suspended Together』に参加した女性が国外に出るときに「後見人」によって発行された出国許可書を陶器で作られた鳩のオブジェにプリントしました。
鳩は、行動が制限された全てのサウジ女性の代わりに空高く飛び立ちます。
歴史に刻まれない女性たち
サウジアラビア王国を築き上げたのは男性かもしれない、しかしサウジアラビアの伝統は誰が守ってきたのか?
現在、サウジアラビアでは公的な書類や家系図には男性のみが示されるため、「母」、「姉妹」、「叔母・伯母」は時とともに忘れ去られてしまいます。
しかし家族単位、そしてサウジアラビア社会全体の伝統を守り次の世代に伝えてきたのは女性です。アル・バヤンは、通常の男性が主体となった家系図ではなく、女系図こそがサウジアラビアの伝統の流れを示すのだと提案します。
2014年に開催されたサウジアラビアのアートイベント、ジッダ・アートウィーク・JAW (Jeddah Art Week “JAW”)の会場に訪れた人々に、女性親族の名前と彼女から教えてもらった民話や民謡などのを話してもらいます。そこで語られる女性の名前そして彼女の痕跡を用いて、今までサウジアラビアではなかった女系図を創り上げました。
アル・バヤンは「Tree of Guardians」(守護者の木)と名付けたこのプロジェクトを通して、サウジアラビアの社会における女性の役割や権利の再考を呼びかけます。
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