トランプ米大統領のイスラム教徒や中東諸国に関する過激な発言は、大統領就任前から注目されていました。一方で大統領就任後初めてとなる外遊を中東の大国サウジアラビアに決めたトランプ。さらにサウジアラビアからイスラエル、パレスチナ、バチカンを訪問しました。
パレスチナのアッバス議長には「和平のためならなんでもする」と表明。就任前後の過激なトランプからは想像のつかない、穏やかな姿勢を示しています。

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@edgeofarabia instagram より サウジアラビア出身アーティストAhmed Materの作品「Magnetism」の前に立つトランプ大統領

トランプ大統領がサウジアラビアで12兆円の武器売却契約を締結している間、アメリカ西海岸有数の美術館であるロサンゼルスカウンティ美術館(通称LACMA)ではサウジアラビア出身アーティスト、アブドゥルナーセル・ガーレムの個展が開催されています(2017年4月16日ー7月2日)。

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@abdulnassergharem instagramより LACMAのエントランスに立つ作家

世界が止まった瞬間にアートを選んだ中佐

1973年サウジアラビア出身のアブドゥルナーセル・ガーレムは、実はサウジアラビア軍の中佐でもあるのです。

彼がアートの道を選んだのは2001年9月11日アメリカ同時多発テロのハイジャック犯のうち2名が学校の同級生であり子供の頃からお互いをよく知る友人だった事を知った瞬間でした。

2001年9月11日 世界が止まった

彼が歩んだ《道》、彼らが選んだ《道》の分岐点はどこだったのか?

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『道/Path』 LACMAにて

 軍隊ではできなかったアートでの挑戦

アブドゥルナーセル・ガーレムがアートの道を選ぶ手助けになったのがインターネットの普及でした。

何か疑問や問題に直面した時、家族は1400年前の教えを従うようにアドバイスをしてきた。そんな時、インターネットの登場は革命だった。

アーティスト活動を開始した当初、アブドゥルナーセル・ガーレムが作品を展示できるギャラリーが当時のサウジアラビア国内にはなく、彼はパブリックスペースでインスタレーションを行なっていました。

Flora and Fauna by Abdulnasser Gharem from Installation Magazine on Vimeo.

彼が初めて行なったインスタレーション『Flora and Fauna』は、サウジアラビアに植えられた外来種の樹木が在来種をいかに侵略しているかを訴えるものでした。

活動を始めた当初、周りの人は私がクレイジーになったと思った。でも興味を持った人たちが、何をしているのか聞いてくるので、作品の趣旨を説明することで理解を得ることができた。

 Edge Of Arabia

アブドゥルナーセル・ガーレムは、アーティストとしての活動をサウジアラビアで開始して間も無く、アーティストが国内で作品を発表し、さらに国外に発信するプラットフォームの必要性に気づきました。

彼は2003年3月、イギリス人アーティストStephen Stapletonと同じサウジアラビア出身のアーティストAhmed Materと共に非営利団体Edge Of Arabiaを立ち上げました。

Edge Of Arabiaは2009年以降ヴェネツィア・ビエンナーレにて中東出身のアーティストの作品展を企画するなど、サウジアラビアにとどまらず中東地域で活躍するアーティストと世界の架け橋になっています。

Edge Of Arabia創設者AHMED MATER, STEPHEN STAPLETON AND ABDULNASSER GHAREM。 写真;Edge of Arabia ウェブサイトより。

AHMED MATER, STEPHEN STAPLETON AND ABDULNASSER GHAREM。
PEdge Of Arabia ウェブサイトより。

Pause:立ち止まる

さらにEdge Of Arabiaは、中東にゆかりのあるアーティストたちによるアメリカツアーカルチャーランナーを2014年ニューヨークからスタート。

4年間かけてアメリカの様々な地域をアーティストたちが訪れ、滞在し、その場で作品を制作展示することで、アメリカと中東の心の壁をなくすことを目的としています。
ツアー最後の年となる2017年、ロサンゼルスカウンティ美術館(通称LACMA)ではEdge Of Arabia創設者の一人であるアブドゥルナーセル・ガーレムの個展『Pause』が開催(2017年4月16日ー7月2日)。

11点の彫刻を含む個展は、トランプ大統領のサウジアラビア訪問と重なったことにより、多くの人々の関心を集めています。

LACMAentrance

平和と争いの共存

Hemisphere (2017)

Hemisphere (2017)(半球)

ギャラリーの真ん中に堂々と置かれたこのオブジェ。
緑色の半球は、サウジアラビアのマディーナにあるモスクで、イスラム教の預言者ムハンマドの霊廟でもあるAl-Masjid an-Nabawiのドームをモチーフにしています。

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預言者のモスク:Al-Masjid an-Nabawi

金色の半球は、イスラム教の聖典コーランの文字が彫られた典型的な戦士のヘルメット。
平和と争いの要素で作られたこのオブジェは、人間の右脳と左脳がそれぞれ感性と理論を司ってるように、平和と争いが一人の人間の内面で共存していることを物語っています。

イスファハン(イラン)のイマーム・モスクの天井からジェット機が飛び出しているこの作品も、平和と争いの共存を表しています。

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『Ricochet』

この作品を近くから見ると小さなゴムスタンプをつなぎ合わせて作られています。
作品で使われているゴムスタンプは、サウジアラビア役人の証印として使われているものと同じです。作家は、これらのスタンプでサウジアラビア政府は国民の自由を奪っていると批難。クローズアップすると見える鏡文字で書かれた文字には、官僚主義的なサウジアラビア社会に対する彼の皮肉が込められています。

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“HOW DO YOU TEACH ABOUT FREEDOM THROUGH THE BARS OF A CAGE” – ケージの鉄格子越しにどうやって自由を教えるの?

2012年に森美術館の「アラブ・エクスプレス展」でも展示された作品『Path』

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1982年にサウジアラビア南西部の山間にある村の村人たちが豪雨の洪水から避難するためにこのコンクリートで作られた橋に避難しました。
丈夫と思われた橋は、多くの村人たちの重さに耐えることができずに崩れ落ち、多くの犠牲者を出しました。2003年、20年以上手付かずに放置され、報道もされることなく封印されてきた事故現場を訪れた作家は、白いスプレーを使ってアラビア語で「道」を意味する文字を無数に書きました。

アブドゥルナーセル・ガーレムは、コンクリートの橋に命を預ける道を選んだ村人たちに思いを伏せながら、正しい道とはなんなのか?答えの見えない問いを投げかけます。