アナヒタ・ラズミ<フードクラブ>=食と移民を考える

1980年代から90年代にかけて、日本は空前の好景気でした。新しいビルが建ち、都市開発が急速に進められました。様々な仕事が増えた一方で当然ながら深刻な人手不足でした。

さて、日本から遥か彼方、中東地域の国イランでは混乱の最中でした。1979年に革命が起き、パフラヴィ政権からイスラム共和国に政権が変わってから間も無く、8年間に及ぶイラン・イラク戦争に苦しめられていました。当然、あらゆる開発は停止し、経済が低迷していました。

そんな中、多くのイラン人が仕事を求めて、安心安全な暮らしを求めて、バブル時代の日本にやってきました。イラン人はバブル経済の重要な労働力だったのです。

なのに、1992年に日本とイランの観光協定が排除され、イラン人の日本での滞在許可が下りづらくなると、日本経済を支えていた働き手のイラン人たちは不法滞在者と見なされ、多くがイランへ強制送還されることとなりました。


ドイツに拠点を置く作家アナヒタ・ラズミは、もし彼ら(日本に働きに来ていたイラン人)がもっと長く日本に滞在し、そしてイラン食と日本食を掛け合わせたハイブリット料理を誕生させていたらどんな味になっていただろうか?と考えました。

初夏の優しい日差しが香川県沙弥島を包み込む2019年5月、瀬戸大橋がどどーんと見える元小学校の校庭の一角で彼女のプロジェクト「FOOD CLUB」が行われました。

アナヒタや地域のボランティアの方々が考えたイランと日本の食材を掛け合わせた新しい料理を食べながら参加者は食について、海外で暮らすことについて、そして外国人を受け入れることについて意見を交わしました。

私もラウンドトークのゲストとして参加し、アナヒタと一緒に廃校の実験室を使って新しい料理を作りました。

 

レシピを考えながら思い出したいくつかのエピソードがあります。

 

砂糖が加えられていないヨーグルトを発見して喜ぶ日本に来たばかりの父(イラン人)のはなし。
チーズと間違えてお豆腐を買ってしまった父の従兄弟のはなし。
どうしてもチャイのように甘くしないと緑茶が飲めない父方の祖母のはなし。

 

このような事を考えていたら、食と移住の大切な関係性に気がつきました。

 

どこにいようと私たちの身近にあるもの、そして私たちを満たし、ホッとさせるものは食です。
言葉も自由に通じない心細い異国で「食」は私たちにとって大きなインパクトを持つようになります。

 

 

日本は人口減少の最中、外国人材の受け入れに本腰を入れています。

しかし彼らは人材以上の存在なのです。
新しい地へ希望と不安を持ってやって来る。

彼らが人材である前に人としてホッとできる、心休まるってなんなのか?
そして食以上にもっと重要で大切な、彼らが安心できる制度とはどんなものか?
考える時が来ていると、このプロジェクトを通して強く感じました。