1. アーティスト主導から国家主導へ
―アートフェアとアートマーケットで消される声
この15年で最も大きく変わったことの一つは、
中東のアートが「個人の表現」から「国家のプロジェクト」へとシフトしてきたことかもしれません。
たとえばUAE。
ドバイやアブダビではアートフェアや大型美術館の建設が相次ぎ、
中東は一気にグローバルアートのハブとして注目されるようになりました。
その象徴のひとつが、ルーヴル・アブダビ。
フランスのルーヴル美術館の名を冠したこの美術館は、
国家間の文化外交そのものとも言える存在です。
また、Art Dubaiのようなアートフェアも、
年々規模を拡大し、世界中のギャラリーやコレクターを引き寄せています。
こうした動きは、中東現代アートの可視性を一気に高めました。
かつては“周縁”にあった作品が、いまや世界のマーケットで評価されるようになった。
それ自体は、とても大きな前進だと思います。
でも同時に、少し引っかかる感覚もあるんです。
それは、「誰のためのアートなのか?」という問い。
国家が文化を推進することで、
“見せるための中東”が整えられていく一方で、
本来そこにあったはずの、もっと個人的で、もっと生々しい声が、
少しずつ見えにくくなっている気がする。
検閲だけが声を消すわけじゃない。
マーケットもまた、静かに声を選別していく。
きれいに整えられた展示の裏側で、
語られなかったものは何なのか。
そう考えるとき、私はやっぱり、
アーティスト個人の声に立ち返りたくなるんです。
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